Return to site

かつての2017年とまさに今の2017年と

その仕事は子供の頃想像していたものだろうか

そういえば20年前ってどうしてたっけ

20年前、といえば僕にとって中学校生活を送っていた頃だ。大学に行くまでは、香川県ののんびりとした街で過ごしていた。その頃というと携帯電話がじわじわ浸透してきていて、Windowsパソコンも各家庭に入ってきていて、だけどまだ音楽プレーヤーというとCDかMDで、車なしの生活はありえない感じになっていてショッピングモールが休日のお出かけ先だったりして、だけどニュースでは景気がどうのというのが言われていて消費税が5%に上がって飲み物自販機が100円じゃ買えなくなって、エネルギーと食料の枯渇が心配されてる、そんな感じだった。

 

なんだけど僕にとってその頃は、学校と部活と塾がほぼ生活の全てで、先のことよりは目の前の高校受験大丈夫なんだろうかとか、部活での目標が曖昧になって何やってるんだろう(もうやめたい、でも友達とはいたい)と感じてたりとか、勉強なんてのは面倒だなぁとか、もう今思うと「なんやねん」という生活。あんまり周りが見えてない。

 

そんな生活の中でけっこう楽しんでいた趣味が「家電のカタログの熟読」というもので、その頃の家電のカタログというのは夢が詰まっていた。こんな高いもの誰が買うんだろうとか(いやいるから作ってたんだよね)、この機能があると何ができるだろうと、あれこれ想像するのが楽しかった。細かい部分になると、カタログ紙末のスペック詳細を見比べて、この製品はこっちとここが違うというのを見てはムフムフしていたもんだ。とても楽しかった。特にオーディオの世界はすごかった。聞いたこともない音をカタログから想像していた。

 

そんな高機能な家電がどんどん出てくると、電気もどんどん使う。石油枯渇がけっこう言われていたから、ああ将来はどうなるんだろうと不安もあった。僕が大きくなった頃には、映画のウォーターワールドみたいになってる可能性もあるんじゃないかな、もしくはターミネーターみたいな人間はいなくっていいよみたいなことになってるんじゃないかな、とかをリアルに想像してそれはヤダなぁと思ったりもしていた。

 

中学生の頃は、将来なるんだったら科学者だなと思っていたように思う。なんとなく「嫌な世界」になってほしくなかったから。科学者なら自分の手で変えていけるんじゃないかなと漠然と思っていたと思う。バイオ系なら食料とエネルギーのことをやる。電気機械系ならロボットで人間の限界を超える。

そして今はどうだろう

で、今の僕は何をやっているかというと、零細の機械系よりの工業デザイナーだ。うん、中学生の頃の想像とぜんぜん違うね。結局、エネルギー問題はだましだましなんとか来ている。ロボットの反乱は起きるどころか、ようやくAIが盛り上がり始めたところ。

だけど、エネルギー問題はやっぱり大きな問題だし、食料問題どころかさまざまな資源枯渇問題がチラつくアヤシイ世の中。そして、ロボットはいないけど、寄生虫のように一人一台のネットワーク端末が広まっていて、仮想の仕組みが世界を動かすという薄氷の生活が現れている。

中学生の頃に想像していたものとは違ったけど、より厳しい現実なんじゃないだろうか。

こんな時には、何かが起きると一気に「日常」は崩れる。それこそ、恐竜絶滅の原因と言われる隕石落下くらいに一気に変えちゃうんだろう。

僕は大学で新しい概念を次々と生み出すような研究者は無理だと悟った。ドデカイプロジェクトに人生の多くを捧げるような根性もあんまりないと悟った。目の届く範囲で、既にあるものを工夫しながらやっていくのが合っているなと今は感じている。世界をいきなり相手にしようというのはあまり思わない。目の届く周りの日常を変えていくことが、結果的に伝播して、世界が変わる、そんなさじ加減の関わりがいいなと思う。世界は思ったようには動いてないし、それを予測することも僕はあんまりできないわけだし。

フリーランスの工業デザイナーというもの

久しぶりに昔のことに想いをめぐらしてみたけど、今の働き方は結構良いなと思う。きっと、中学生の頃の僕に聞かせても「それはまぁまぁイイね」と言うだろう。世界を変えるようなことはなくても、身の回りくらいはすこし変えられる。

 

直接ものごとに関われるというのも実はとても大きい。

 

フリーランスの良さは、その行動単位に階層を持たないところ。あ、このチームダメだと思ったら、次からは変えられる。上下関係もほとんどなくて、パートナーが発注することもあれば、僕が発注することもある。そんな具合だから、周りから見るとなかなか「こいつはどこまでのことができる(チームを持っている)んだろう」となるのはデメリットかもしれない。だからといって、そんな僕に良さを感じて仕事を依頼してくれる人もいる。そこまで見てくれているということにはほんとうに感謝している。

 

最近思うのは、フリーランスでやっていると収入が不安定だというのは、ちょっと違うなということ。独特の仕事のテンポみたいなのがあって、ミクロで見ると収入は音の波形みたいに上下するわけだけど、マクロに見ると自分の感覚に合う仕事から得られる収入のリズムみたいなのがあって、それに「ノレ」るとそれなりになるんだろうなという感覚がある。まぁ、僕はまだノレてないので、ぜひ仕事ください(笑)。と、むりやりプロモーションです。

集の力と個の力のあいだ

フリーランスは、会計上は一人でやっているわけだけど、実際のプロジェクトでは、色んな人と関わってやっている。特に、僕の設計という仕事は色んな人と関わる性格が強いように思う。設計の工程の中には、一人でかなり長い時間集中しないとできないこともあって、一人でやるのはけっこうキツイ部分もある。けどなんとかなるでしょ、と思ってやっている。

 

ただ、そうは言っても、なにかいい形態はないかというのは模索していて、最近目に付いたのがフリーランスデザイナーの窓口会社を立てている例。THE GUILDという会社がそのひとつ。クリエイティブ系でこういう形態というのは見たことなかったからなるほどなと思った。

 

よくよく考えてみると、Youtuberを多数抱えるUUUMもおんなじような感じだし、芸能事務所も個々のタレントをまとめてるわけで、似たようなものかもしれない。食えない駆け出しを、めちゃくちゃ稼ぐトップスターが引き上げる。そんな感じだろう。また、外から見た時のキャパが上がるので依頼もしやすいと思う。けっこういいなと、感じている。

 

機械設計、電気設計、プログラマ、なんかを中心にメカトロ系の仕事をうけられるチームをつくって、こういう窓口会社を立てる。それでだんだん大きく身の詰まった仕事をまわしていき、最終的にはその動きがカルチャーをつくったり、根本から変えるようなソリューションを生んでいく。そういうことが将来的にできるといいなぁと、思うわけです。

All Posts
×

Almost done…

We just sent you an email. Please click the link in the email to confirm your subscription!

OKSubscriptions powered by Strikingly